きゅうり一箱700円を買ったら、帰宅が修行になった。

日々のこと

きゅうりが安かった。

一箱、700円。

しかも、30本以上入っている。

これは安い。

どう考えても安い。

私は迷わず買った。

この時の私は、

「持って帰る」という工程をうっすらスルーしていた。

一箱というものは、重い

買ったあとで気づいた。

きゅうり30本以上というのは、

なかなか重い。

考えてみれば当たり前である。

きゅうり1本なら軽い。

3本でも軽い。

5本でも、まあ軽い。

しかし30本を超えたあたりから、

きゅうりは突然、

野菜ではなく重量物になる。

しかも真夏である。

暑い。

重い。

箱は持ちにくい。

そして私は、この日、

なぜかビールまで6本買っていた。

きゅうり一箱を抱え、

背中のリュックにはビール6本。

重い。

とにかく重い。

汗がダラダラ出てくる。

途中から私は、

「なんでこんなことになっているんだろう」

と思い始めた。

誰かに頼まれたわけではない。

罰ゲームでもない。

仕事でもない。

全部、自分で買ったのである。

しかも、

「安い!」

と喜んで。

700円を得するために、私は何を失ったのか

きゅうり一箱700円。

確かに安い。

スーパーで何本かずつ買うより、たぶんずっと安い。

だが私は、その安さと引き換えに、

体力を失った。

水分を失った。

そして途中から、

若干の正気も失った。

汗だくで、きゅうり30本以上を抱え、

背中にはビール6本。

家に向かって歩く48歳。

遠くから見たら、

何かの行商人に見えたかもしれない。

売っているものは、

きゅうりとビールである。

我ながら品ぞろえが雑である。

そして、家には大量のきゅうりが残った

なんとか家にたどり着いた。

やった。

運び切った。

しかし、

ここで終わりではなかった。

当然だが、

きゅうりは食べなければならない。

とりあえずキューちゃんを作った。

8本くらい使った。

かなり使った気がした。

しかし箱を見る。

まだいる。

全然いる。

むしろ、

8本くらいでは何も変わっていないように見える。

昨日まで、

きゅうりは「野菜」だった。

今は違う。

我が家の在庫である。

安いものには理由がある

一箱700円。

私はいい買い物をしたと思っている。

たぶん。

いや、いい買い物だったはずだ。

ただひとつ、

買う前の私に言ってやりたい。

「それ、誰が持って帰るの?」

そしてもうひとつ。

「それ、誰が全部食べるの?」

700円で私が買ったのは、

きゅうりではなかったのかもしれない。

これからしばらく、

きゅうりを食べ続ける義務だった。

まあいい。

今夜も食べよう。

きゅうりなら、

まだまだある。

たぶん明日もある。

明後日もある。

来週もいるかもしれない。

もはや野菜ではない。

同居人である。

名前でもつけようか。

30本以上いるので、

全員に名前をつけるのは大変だ。

やめておこう。

そういう問題ではない。

大器晩成、らしい。

本当に大器晩成なのかは、また次回。

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