夫が疲れていた。
毎日たくさんのお客さんの髪を切っているので、そりゃ疲れる。
そこで私は言った。
「ヘッドスパ、やってあげようか?」
夫は喜んだ。
よかろう。
では久しぶりに、
幻のヘッドスパを開店しよう。
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こう見えて、私はプロである
突然だが、私は20年以上美容師をしていた。
そして昔、ヘッドスパもちゃんと習っていた。
半年ほどスクールに通い、その後は実際にお客様にも施術していた。
期間は12か月くらいだったと思う。
つまり、
ちょっと頭を揉むのが得意なおばさんではない。
プロである。
しかも金をいただいていたプロである。
ここは大事なので、もう一度言っておこう。
私はプロである。
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しかし、手順は忘れた
そんな元プロが、
久しぶりに夫の頭を触った。
……。
…………。
あれ?
どうやるんだっけ。
完全に忘れている。
最初はここだったか?
いや、こっちか?
耳の後ろはいつやるんだ?
頭頂部は?
知らん。
かつて金をいただいていた女とは思えない。
しかし私は20年以上、
人様の頭を触って生きてきた女である。
こういう時はどうするか。
勘である。
手順など忘れてもいい。
気持ちよければいいのだ。
たぶん。
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元プロ、野生に戻る
そこからはもう自由である。
ここをグリグリ。
こっちもグリグリ。
首も少し。
頭もモミモミ。
「あ、このへん気持ちいいだろう」
という、
長年の経験と野生の勘だけで進める。
もはや何流のヘッドスパなのか分からない。
昔習った先生が見たら、
「そんな手順は教えていません」
と言うかもしれない。
知らん。
現在、客は夫しかいない。
苦情窓口も私である。
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客、沈黙
しばらくすると夫が静かになった。
反応がない。
おい。
どうなんだ。
気持ちいいのか。
元プロの腕前はどうなんだ。
と思って顔を見たら、
寝ていた。
……。
勝った。
何に勝ったのかは分からないが、
勝った。
⸻
そういえば、私にはこんな技もあった
美容師を辞めてから、
ヘッドスパなんてほとんどやっていなかった。
だから自分でも忘れていた。
そういえば私、
こんなこともできたんだった。
20年以上美容師をやって、
ヘッドスパまで習って、
実際にお客様にも入っていた。
考えてみれば、
その気になれば、
小さなヘッドスパ屋くらいできるのかもしれない。
……。
……。
やらんけど。
予約を取る。
時間を守る。
毎日営業する。
知らない人が来る。
「来週の火曜日、空いてますか?」
とか聞かれる。
無理である。
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というわけで、
幻のヘッドスパは今後も営業する予定である。
ただし条件がある。
・店主の気が向いている
・店主が疲れていない
・店主が他にやりたいことがない
・客が夫である
以上。
営業時間、不明。
定休日、不明。
予約、不可。
電話、なし。
ホームページ、なし。
口コミ、夫のみ。
なお、唯一の口コミは、
施術中に寝た。
星はいくつだったのかは知らない。
次回の営業日は、
店主にも分かりません。
幻のヘッドスパ。
気が向いたら、また開店します。
大器晩成、らしい。
本当に大器晩成なのかは、また次回。



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