最近、私は「渡り鳥になりたい」とよく言っている。

お金

寒くなったら暖かいところへ行き、

暑くなったら気持ちのいいところへ行く。

チェンマイとか。

ダナンとか。

ペナンとか。

ニャチャンとか。

ジョグジャカルタとか。

まだ名前しか知らないような町にも行ってみたい。

気候のいい季節だけを追いかけて、

あっちへパタパタ。

こっちへパタパタ。

中年女の渡り鳥である。

なんとも落ち着きがない。

でも、私は年を取っても、

自分のために生きたいと思っている。

もちろん、この先どうなるかなんてわからない。

親の介護が必要になるかもしれない。

夫に何かあるかもしれない。

自分に何かあるかもしれない。

人生なので、そりゃいろいろあるだろう。

そのときは、そのときだ。

必要になったら考える。

できることをする。

だけど私は、

まだ起きてもいないことのために、今やりたいことを諦めるのは違う

と思っている。

「いつか親の介護があるかもしれないから」

「家族に何かあるかもしれないから」

「年を取ったら大変かもしれないから」

そうやって、

まだ来てもいない未来のために、

今の自分の人生を小さくしてしまったら。

結局、

何も起きなかったらどうするんだ。

私はたぶん、

ものすごく悔しい。

「あのとき行けばよかった」

「あれもやってみたかった」

「もっと好きに生きればよかった」

そんなことを最後に思いたくない。

だから私は、

ちゃんとお金の準備はする。

NISAも積み立てる。

老後のお金も考える。

家のローンも払う。

生活防衛資金も残す。

意外と地味に土台は作っている。

そのうえで、

遊ぶ。

ここが大事である。

何も考えずに全部放り投げて自由になるんじゃない。

安心できる土台を作って、

その上で好き勝手にパタパタするのだ。

桜の季節は日本にいたい。

年末年始も日本がいい。

それ以外は、

気候のいい国を渡り歩く。

知らない町に行って、

知らないものを食べて、

スーパーをうろうろして、

「なんじゃこりゃ」

とか言いながら暮らしたい。

別に世界一周がしたいわけでもない。

豪華なホテルを渡り歩きたいわけでもない。

ただ、

自分の人生を、自分で面白がっていたい。

それだけなのだ。

若いころは、

いろいろ悩んだ。

泣いた。

働いた。

お金のことで不安になったこともたくさんあった。

だからこれからは、

少しくらい自分のために生きてもいいと思っている。

ということで私は今日も、

老後のお金を計算しながら、

ジョグジャカルタのことを考えている。

堅実なのか。

自由なのか。

自分でもよくわからない。

たぶん両方なんだろう。

土台をしっかり作ったら、

その上でごろごろして、

たまにパタパタ飛んでいく。

それが私の老後である。

目指せ、

金のあるバックパッカー。

いや。

中年女の渡り鳥。

大器晩成、らしい。

本当に大器晩成なのかは、また次回。

コメント

タイトルとURLをコピーしました