私は、人の顔色を読む。
いや。
たぶん、読みすぎる。
職場で誰かの顔がちょっと曇った。
返事がいつもより短かった。
声のトーンが低かった。
ため息をついた。
それだけで、
「ん?」
となる。
そして始まる。
私、なんかした?
⸻
たとえば仕事中。
私が何かを言ったあと、
相手の顔が一瞬、
スン。
となったとする。
普通なら、
「なんか機嫌悪いな」
で終わるのかもしれない。
私は終わらない。
「今の言い方まずかった?」
「余計なこと言った?」
「なんか怒ってる?」
「私に?」
ここまで約3秒。
仕事は続けている。
手も動かしている。
「はい、わかりましたー」
なんて普通に返事もしている。
しかし脳内では、
緊急検証委員会が設置されている。
⸻
そして厄介なのが、
その場で終わらないこと。
仕事が終わる。
帰る。
買い物する。
晩ごはんを食べる。
ビールを飲む。
……
「あの顔、なんだったんだろう。」
まだやってる。
相手の顔を、
職場から自宅まで無料配送してしまった。
頼んでないのに。
⸻
お風呂に入っても考える。
「あの時、違う言い方すればよかったかな」
布団に入っても考える。
「明日また嫌な顔されたらどうしよう」
そのうち今日の出来事だけでは足りなくなって、
「そういえば先週も……」
と過去まで掘り始める。
やめろ。
発掘調査をするな。
⸻
そして一人反省会が始まる。
議題。
「本日のあの顔について」
司会、私。
発表者、私。
検証する人、私。
反省する人、私。
落ち込む人も、
私。
参加者一名なのに、
なぜか会議が終わらない。
しかも議事録まで脳内保存される。
⸻
でも、ふと思う。
その頃、
あの顔をした本人は何をしているんだろう。
普通にご飯を食べて、
テレビを見て、
お風呂に入って、
寝ているかもしれない。
なんなら、
あの顔をしたことすら覚えていないかもしれない。
こっちは二時間の特別番組を放送しているというのに、
向こうでは番組自体が存在していない。
なんという温度差。
⸻
そもそも、人が怖い顔をしている理由なんて、
私にはわからない。
私に腹を立てているのかもしれない。
でも、
ただ疲れていただけかもしれない。
別のことでイライラしていたのかもしれない。
お腹が空いていたのかもしれない。
朝、夫婦喧嘩したのかもしれない。
靴下が片方見つからなかったのかもしれない。
なのに私は、
相手の眉間にシワが一本入っただけで、
「原因:私」
と勝手に診断する。
医者でもないのに。
⸻
もちろん、本当に私が悪いこともある。
失敗したなら謝ればいい。
直すところがあるなら直せばいい。
仕事なら、必要な指導を受けることだってある。
でも、
相手の機嫌まで全部、自分の責任にする必要はない。
これは最近、少しだけ思うようになった。
相手が不機嫌であることと、
私が悪いことは、
同じではない。
……頭ではわかる。
頭では。
問題は、
私の脳みそが納得するまでに時間がかかることである。
⸻
人の顔色を気にする人って、
たぶん「気にしないようにしよう」と思ったくらいでは、
急に気にしなくなったりしない。
怖い顔をされたら、やっぱり気になる。
冷たい返事をされたら、やっぱり考える。
私もたぶん明日また、
「今の顔なんだった?」
と思う。
でも、その次にひとつだけ付け足せたらいい。
「まあ、私のせいとは限らん。」
これだけ。
それでも家までついてきたら….
置いていこう。
財布。
スマホ。
家の鍵。
これは持って帰る。
人の機嫌。
これは置いて帰る。
そして今日も、
ビールだけは忘れずに持って帰る。
人の機嫌まで持ったら重い。
ビールだけで十分重い。
……できるかどうかは知らん。
たぶん明日も、
「あの顔なんだった?」
って考えてる。
大器晩成、らしい。
本当に大器晩成なのかは、また次回。



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